未整理


コラム#11364(2020.6.21)

 江戸時代より前の日本における、人間主義に係る最大の問題は、縄文的弥生人たるべき武士達の縄文性、すなわち、人間主義性、をいかに回復・維持するかであったところ、江戸時代における最大の問題は、最初期は別として天下が泰平になったという背景の下、事実上、単なる文官官僚と化してしまった武士達の弥生性をいかに維持するか、に変わってしまっていたというのに、藤樹にせよ仁斎にせよ、この問題をスルーしてしまっているのですから、何をかいわんやです。


コラム#11372(2020.6.25)

 ⇒宣長自身がそう言っていたとしても、宣長の「まことの道」にせよ、それと、ほぼ同値であると私が見ているところの、「もののあはれ」にせよ、要するに、それは人間主義なのであって、それが「普遍的ではあるが、他国では失われて、皇国(日本)にのみ正しく伝わっている」という認識は、明治維新より前の日本の一定以上のレベルの識者であれば、支那史や朝鮮史、と、日本史、との一般的概括的知識を踏まえた比較を通じて、意識的、無意識的に、誰でも、容易に到達する結論であったはずです。(太田)


コラム#11394(2020.7.6)

 ⇒戦後日本の文系学者がおしなべてそうであるように、弥生性(軍事/安全保障)音痴であるとお見受けする、末木、に申し上げても詮無いことですが、一言。
 安全保障上の理由で封建制を(それがかつて存在した)支那から古代の日本政府が継受したのと同様、今度は・・すなわち近代では・・、安全保障上の理由で欧米的近代国家制を欧米から日本政府が継受した、ということなのであって、その目的は、縄文文化を基調とする日本文明の存続を全うならしめるためだったのであるところ、この縄文文化の核心たる人間主義を祖述・宣明したのが古代にあっては十七条憲法であり、近代にあっては教育勅語だったのです。


コラム#12747(2022.5.13)

 神道は人間主義維持・修復システム、というのが私の説であるわけ(コラム#省略)。↓


コラム#13385(2023.3.27)

 いや、世界史とは、人間主義の毀損と回復の歴史でっせ。↓

 「・・・世界史とは、戦争の歴史です・・・」


コラム#13667(2023.8.15)

 意味不明の箇所満載だが、警察官や刑務官が、業務で「相手の命を奪っていい」のは当然だとすりゃ、その延長戦上で、兵士が戦闘という業務で「相手の命を奪っていい」のだって当然だろ。
 また、「愛」ってことで言えば、「愛」の根源にして昇華物であるのは人間主義であり、全ての人々が互いを「愛」するようになる世界、人間主義的世界、の実現・・回復と言ってもいい・・のために、杉山元らが日本を手段として用いて戦ったこと、と、どう向き合うかを、我々は問われてるんだな。
問題は、日本人も含め、世界の殆どの人々が、自分がこの問いを突き付けられていることに気付いていないことだ。(太田)


コラム#13759(2023.9.30)

 補足的に付け加えれば、以前に記したことがある(コラム#省略)けれど、仁徳天皇の事績は、人間主義的統治(道徳的理想の実現を目的とする統治)が厩戸皇子の時代よりはるか前から日本にあったことを示している。


コラム#14570(2024.11.8)

 現在なお健在である人間関係社会が日本だけであることはクラークの言う通りですが、それができたのは、日本が、騎馬遊牧民族ないし支那王朝軍に対抗できるくらい「攻撃的な」軍事力を整備・維持することに成功したからだ、というのが私の見解であるわけです。
 日本が、かかる軍事力の整備に着手したのは、鮮卑なる騎馬遊牧民である、支那大陸の北夷が漢人の支那王朝を完全に征服して隋/唐帝国を建国したことに脅威を覚え、将来ありうべき騎馬遊牧民の日本侵略を跳ね返すことができるようにするためだった、とも。
 ここで、新しい話を一つ付け加えておきますが、私見では、こうして日本で創出された武士達からなる「軍隊」もまた、エージェンシー関係の重層構造の柔らかい組織でもって編成されていたところ、そんなヤワな代物のままでは、騎馬遊牧民や支那王朝軍には対処できても、欧米/露軍には対処できない、という認識の下、固い組織の近代「軍隊」を整備・維持すべく倒幕・維新が決行されたのです。(太田)


コラム#14639(2024.12.14)

 ◎微修正した私の説(太田述正説)

 縄文社会=(縄文人だけの)人間主義社会、プロト日本文明社会=弥生時代の社会と拡大弥生時代の社会=(弥生的縄文人を上澄みとし縄文人をその他とする)人間主義的社会、日本文明社会=(縄文的弥生人を上澄みとし、縄文人をその他とする)人間主義的社会、であるとすることとし、従来、アバウトに「日本は人間主義社会」と言ってきたのを、「的」を入れることでより正確な表現へと改める。
 なお、イギリス(アングロサクソン文明)社会=(組織の中では弥生人を上澄みとし縄文的弥生人をその他とし、組織の外では個人主義的縄文人だけ、の)ユニークな人間主義的社会、だ。


コラム#14639(2024.12.14)

 現在なお健在である人間関係社会<(私の言う人間主義的社会)>が日本だけであることはクラークの<母国である拡大英国(コラム#省略)も実はもう一つの人間関係社会(人間主義的社会)であってそのことに彼が気付いていないことはさておき、基本的に彼が>言う通りですが、それができたのは、日本が、騎馬遊牧民族ないし支那王朝軍に対抗できるくらい「攻撃的な」軍事力を整備・維持することに成功したからだ、というのが私の見解であるわけです。
 日本が、かかる軍事力の整備に着手したのは、鮮卑なる騎馬遊牧民である、支那大陸の北夷が漢人の支那王朝を完全に征服して隋/唐帝国を建国したことに脅威を覚え、将来ありうべき騎馬遊牧民の日本侵略を跳ね返すことができるようにするためだった、とも。
 ここで、新しい話を一つ付け加えておきますが、私見では、こうして日本で創出された武士達からなる「軍隊」もまた、エージェンシー関係の重層構造の柔らかい組織でもって編成されていたところ、そんなヤワな代物のままでは、騎馬遊牧民や支那王朝軍には対処できても、欧米/露軍には対処できない、という認識の下、固い組織の近代「軍隊」を整備・維持すべく倒幕・維新が決行されたのです。」(コラム#14570)


コラム#14654(2024.12.21)

 ⇒日本は、「人間関係社会」≒「人間主義社会」、のままであったならば、近代化どころか、その存続すら不可能だったでしょう。
 日本は、人間主義社会を人間主義的社会にすることによって、すなわち、弥生性を身に着けることによって、より正確に言えば、社会の上澄みの弥生的縄文性を縄文的弥生性へと変貌させることによって、内戦状態を招来しつつも、侵略を跳ね返すことができる武力を擁し続けることによって独立を維持することができたのです。(太田)


コラム#14666(2024.12.27)

 私の仮説的見解はこうです。
 日本では、基本的に人間主義者ばかりの縄文時代においては、縄文人は組織なき生活を送っていたところ、弥生時代には、支那の長江地域から、「族」生活を送っていた弥生人(弥生的縄文人)が累次渡来してきて、支配者として、「族」の日本列島ローカル版たる「ウジ」生活を送るようになったが、被支配者たる縄文人の組織なき生活は変わらなかった。
 やがて、私の言う聖徳太子コンセンサスに基づき、8世紀末に私の言う桓武天皇構想が策定され、支配者によって武士が創出されるようになると、日本は(結果的に西欧のそれと類似した)封建社会になっていくが、それは、創出された武士に一所懸命に自分の所領の防衛を行わせ、それが合計された総体として日本の対騎馬遊牧民国家安全保障を確立するためだった。
 だから、それぞれ「一所」の領主たる武士達を組織化することが至上命題となり、だからこそ、非同一血統諸家の地域連合体たるところの、「同族」=「イエ」、が形成されることになった。
 やがて、この「同族」=「イエ」、を、武士以外の商人等も採用するようになるが、この「同族」=「イエ」を、明治政府が全国民に強制的に一挙に普及させたのは、総力戦体制下、全国民を意識の上で武士化することが目的だった。
 だからこそ、戦争を放棄した戦後、「同族」=「イエ」、は、急速に弱体化し、崩壊し、消滅していくこととなった。(太田)


コラム#15215(2025.9.27)

 これから行うこの説明について、キャッチコピー的に申し上げれば、江戸時代史に関しては、「最初から一筆書きされていた!」、建国経緯に関しては、「ほぼ人間主義者達集団が行ったところの、ほぼ非人間主義者集団への対策」、であって、どちらについても、私の言うぶつ切り出たとこ勝負史観の完膚なきまでの粉砕の試みである、といったところか。
 このノリで続ければ、太田一筆書き日本史のモチーフそのものが、この「ほぼ人間主義者達集団が行ったところの、ほぼ非人間主義者集団への対策」だったのであって、日本史とは、この対策が概ね功を奏し、世界史を飛躍的な形で前進させる目途がついた時に、意外な形で終焉を迎えたところの、ある国(ある文明)の歴史であった、と言ってよいのではなかろうか。


コラム#14847(2025.3.28)

 なーんにも不思議じゃあないで。
 歴代天皇は、天皇制の永続を最重視したんであって、だからこそ、スペイン/ポルトガル勢力と組んで秀吉の唐入りを失敗させたんだし、だからこそ、昭和天皇は軍隊を廃止し属国化戦略を推進したんだよ。
 そのおかげで、天皇制は日本という国ができてから現在まで存続でけたのさ。↓